過去の日常

ゲイ・バイとして過去のまとめ。30代の悩み。考え。日記。20代と30代のゲイカップルです。

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恋人の存在意義。
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2012-01-21 04:48 

恋人の存在意義。


恋人の意味を考えたとき、もちろんかけがえが無いことは事実だと思う。しかしかけがえのない、などという抽象的であるいは欺瞞のような表現で済ませるようなことがあってもいいのだろうか。

しかし具体的な表現をしたときに、それはとたんに俗っぽくなってしまい、本当に重要なことのごく一部、もしくはその一部さえも表現できていないのではないかと心配になる。

そして今までの通り、僕にとっての恋人の存在意義というのは、どういうものなのだろうか。僕の考える意義というのは、だいたいにおいて受け入れられることが少ない。

僕の場合、実際的な部分と精神的な部分に分けて考えてもいいと思う。実際的な部分というのは、一人よりも二人の方が楽しいとか、一緒にでかけられる喜びとか、もちろん性的な欲求のこともある。これらについては、友人というある程度代わりになり得る存在があるが、やっぱりそれは完全に置き換えることができない。

精神的なことはもっと大きいように思う。過去にも何度か書いているが、友人はある程度流動的になってしまう。仕事のことや住んでいる場所などの理由で。もちろん交友範囲が変わったり、合う人とか合わない人という存在もあると思うし。
しかし恋人はそういうことが基本的にはない存在。そういう意味では家族にも当てはまるかもしれない。
常に安定的にそばにいる事を期待できるというのは、非常に大きい。そしてそれは、恋愛の期間とともにより深まるように思う。

実際的な部分は、浮気とまではいかなくても、恋人と遊ぶこと以外の選択肢もたまには選びたいと思う一方で、精神的なことは、他の誰かとはならない、なりにくいのではないかと考える。


僕の場合はもう一つある。それは恋人を探すことにかける時間である。
仕事もやりたいし、プライベートな事も大切にしたい。そしてできれば、仕事を優先したい。そう考える僕は、もし恋人がいなかったとすれば、仕事の時間かプライベートの時間をけずって、恋人を探すための活動をしなければならない。もちろん時間をそこに割くだけの意味のある事だとは思う。しかしもし成就するまでに3年かかったとしたら・・・。そのために必要な時間というのは、相当な物になるだろう。

直接的なことや精神的な大きい意義というのは本当に重要だと思う。しかしそれと同じぐらい、そしてより指標として計りやすいからこそ、今いるおかげで、誰かを探すための時間を使わなくていいというのも、忘れてはならないほど大きい。


恋人と切磋琢磨できて、ライバルのような関係も楽しいと聞く。僕はそんな気の置けない人とはたぶんつきあえないだろう。色々な知見を得られることに魅力を感じる場合もあるだろう。しかし僕にはあまりプライベートでの知見は求めない。
そういう部分に意味や魅力を見いだす事も素晴らしいと思う。
好きな部分と意義というのは違うのだろうか。なかなか難しいことでもある。
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[ 2012/01/21 04:48 ] 考え(自分関連) | TB(0) | CM(0)

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