過去の日常

ゲイ・バイとして過去のまとめ。30代の悩み。考え。日記。20代と30代のゲイカップルです。

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2012-07-04 09:39 

ニートについての僕の考え



僕は様々なことについて、配慮の無い言動が目立つ。と、自分でそれを認識していても全く免責されるわけでもなく、それについては申し訳ないと思うことが多々ある。まあ性格というか、思ったことは口に出してしまうので仕方が無い事でもありますが。

さて、そういう配慮の無い僕だけど、ニート(アルバイトなども含め何もしていない状態)についてのいくつもの言動は、さらに配慮が無い。働かないの?このままのつもり?お金はどうしてるの?といった、おそらくそのようなことは触れずにおくのが、大人としての礼儀かもしれないし、本人がその状態について、どのように考えているにせよ、僕がそれをずけずけと聞くのが正しいことでは無いというのは十分に分かっている。

しかし、僕はそれについて、たとえ配慮の無い発言だと思われたとしてもそれについて、かなり突っ込んだ発言をするし、それをする資格も責任もあるのではないかと考えている。
そう思う理由は単純でただ一つ。僕自身もかつてそういう時期があって、かなり悲観していたからである。

今ほどニートなどの存在を社会が受け入れなかったときにもそういう人たちは存在した。ぎりぎりフリーターとかプーという表現で、ある程度限られた、ある意味では特異な存在であった。アルバイトだけで生計を立てることが難しいだろうことは、みんながわかっているけどそれから脱することなどは難しいことも事実であった。
唯一それらが肯定的にとらえられた時は、おそらくバブル経済の時では無いだろうか。あのときは完全に労働者優位で、くだらない企業に就職するぐらいであれば、アルバイトをしながら希望する企業に就職することが可能であったし、そう思える時代でもあった。


おそらく誰しもが、順調に人生を歩むことなどは難しい。例えば僕もそうだし僕の付き合っている彼もそう。幼少期から、知り合うまでの人生の事を聞けば、きっと話すのも辛いような、過酷な時期やそのように思う出来事というのは誰にだってあるだろう。

もちろん辛いだけじゃ無くて楽しいことも無尽にあるはずだからそれらだけに焦点を持つのも変な話だとは思うけども・・。


今のニートを自称する人たちは、ある意味で自由でうらやましい。
社会もそれを昔よりは受け入れているし、僕もそういうことは全然気にしない。だけど何となく自身の経験からも考えると、それで大丈夫なのだろうか、と。そしてもし自分に何かできることがあるなら手助けをしたいと、本気でそのようにも考えている。それがもし自分が配慮の無いいくつかの言葉を投げかけることが必要ならばそれもまた仕方が無いだろう。それらから避けて通ることもできないわけだし。

ただしニートの状態にもいくつかって、コミュニケーションがそもそも苦手という場合と、仕事はしたいけどあんまりいいのが見つからないとか、飽きっぽいとか。
コミュニケーションの場合は、結構深刻だと思うし、そういう人は働くことよりももっと先にしなければならないことがある。順番を守ってゆっくり解決していくことが必要だろう。
コミュニケーションが苦手な人は、この解決の順番を間違えると、それがまた挫折の体験に結びつくような気がするので、これは非常にデリケートな事だと思っています。

ということで、一緒にがんばりましょう。
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※そういえば僕がどういうニートだったのか書いてなかった。またの機会に。
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[ 2012/07/04 09:39 ] 考え(自分関連) | TB(0) | CM(1)
2012-07-18 12:48 

僕がニートだったとき。


先日ニートについて、僕の考えを書きました。そしてその理由として、自身がニートであった時期があると書きました。
今まであまりその部分については主張してきませんでしたが、改めて僕の性格の根幹にも関わる事かもしれませんし、書いておきたいと思います。

一番最初にそのような状態になったとき。それは中学生の時でした。学生の時にニート・・・ということはありえないので、単純に不登校でした。2年生のときの1年ぐらいだったかな。

人間関係を形成する、もしくは集団生活という重要で貴重な体験を僕は1年間も得ることができませんでした。また当時は登校拒否と呼ばれ(今では不登校と表現が変わったような記憶があります)
そのきっかけは特になく、もちろんいじめでもありませんでしたし、勉強がついて行けないとかそういうことでもありませんでした。※ただし持病のぜんそくの調子があまりよくなく、他者と行う行動の一つ一つがしんどいっていうのはあったような気がします。それが集団生活のなかで、周りに合わせることを苦痛に感じていたかもしれません。

友人たちも教師もいい人たちばかりでした。もちろん当たり前のように、悩みや不安も人並みにありました。
しかしあるときに僕は学校に行かなくなりました。

当時は今よりもずっとそういう人がめずらしい存在でした。ある程度時代が進むと、例えば保健室登校といったような、教室には通えないけど、学校には行ける、教室ではなく保健室に通うという形態もでてきたようです。
ただ僕には保健室に行けるなら教室いけるじゃん。って思ってしまいますが、案外これが効果的なようです。

中学生の時のこれは、僕にとってとても大きな不安でした。特に将来に対しては、ほとんど絶望を感じていました。中学のその時点での大きな挫折は、例えば高校受験がうまくいかないことをほぼ確実に暗示しているように思いますし、中卒での労働なんて現実的だとは思えません。
そして集団生活は切り離すことができず、それがうまくできないと知った僕は、就職という道も絶望であれば、進学も絶望でした。
※ただ不思議なのは、「何も手につかない」というウツ的な状態にはならなかったような気がします。また、もし当時に、今と同じようにインターネットがあったら、僕は今のような状態にはたぶんなってないでしょうね。

それもあって、未だにヒマというか何もすることが無い状態というのはある種の恐怖を感じます。仕事でも趣味でもなんでもいいので何かに時間を使えるというのは、とても大切な事です。

というのが最初のニート。


次が、社会人数年目のことです。厳密にはニートと違いますが、僕は元々から起業したいと思っていました。そして大学を卒業して数年間働いた会社を辞めたのです。

辞めてからすぐに起業の準備にとりかかり、実際に起業しました。自分で会社を経営していたのは、1年半ぐらいですが、このとき最初の半年ぐらいは、ほぼニートのような状態でした。幸いなことに友人関係にも恵まれ、事務所などを格安で借りることができました。だから引きこもるような状態や、ニートなどとは厳密には違うと思います。

しかし僕としては、先の見えないそのような状態は、精神的にはあまり区別がつかないように思います。少なくとも僕はそう思っていました。
※ちなみに会社は、売却先が見つかったので特に問題無く終わりにすることができました。

日々色々と忙しくしていたり、友人関係の交流を行っていました。充実はもちろんしていましたが、会社や将来に対する不安というのは、当然のように大きくあり、それらは無視できないほど大きな物でした。

僕にとってとても重要な事は、日々がヒマなのか忙しいのか、ということではなくて、将来に対して、、、それは近い将来のことでも、遠い将来のことでも、、、ある程度見通しがつくかどうか。というのはとても大きなことです。

たとえ忙しい状態だとしても、将来に対する展望が見いだせない場合にはモチベーションが維持できません。
一方である程度将来に対する展望が見いだせても、楽しいことができていないとそれもまたモチベーションの低下にもつながっています。それらのバランスはとても難しい事だと思っています。

しかしただ一つ言えるのは、行動しながら模索しながらのそれと、何もせずに悩むだけのそれとでは、だいぶ違うことです。少なくとも色々な事を模索できるというのは、脱出する可能性があります。しかしこの模索のための第一歩が相当に大きな壁となるのも事実です。

だから僕は、無理はするべきではないと思いつつ、だけど現状は必ず打破しなければならない。そしてそれは、本人が最初に振り絞る大きな勇気しかないと思っています。だからこそ厳しいこと言うのも応援することも僕はおこがましいと思いつつも、つい口に出てしまうのです。
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[ 2012/07/18 12:48 ] 考え(自分関連) | TB(0) | CM(2)
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