過去の日常

ゲイ・バイとして過去のまとめ。30代の悩み。考え。日記。20代と30代のゲイカップルです。

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2012-01-07 17:47 

年越しの病気。


31日の大晦日、彼と一緒にどこか新年のお参りを行う予定でした。夕食にはすき焼きを食べて、家でのんびりと年を越したらどこか神社に行こうとしていたのです。

31日の20時ごろ、仕事を終えてお肉を買いに行き、そろそろ向かうかなと思っていたところにメールが。「ちょっと伝えたいことがあるから時間のあるときに電話もらえますか?」やや深刻そうな内容のメールが彼から届いたのでした。

このとき僕は色々なことが頭をよぎりました。年末もいつもと変わらないペースで仕事をしていた僕でしたが、ちょっと仕事の方を優先しすぎたかなぁと。たとえそれが後の祭りであったとしても。
そりゃあもう、想像するのは悪いことばかり。初詣に行くどころか、もう会うことを終わりにしたいと。そのような事を言い出しかねないようなメールだったのです。

続いて「今朝から調子が悪かったんだけど夕方ぐらいから本格的に体調が悪くなってきました」と言うメールが来ました。

もちろん、非常にタイミングの悪いことではありますが、仕方の無いことでもあります。
思えば、知り合ってから年末を一緒に過ごしたことはほとんどありません。例年では、彼はだいたい実家に帰っています。おそらく数年間のつきあいの中で、去年が初めて一緒でした。そのときも1日からバイトを入れられてしまったということで、かなりイレギュラーだったのです。

今年はなぜ帰らなかったのかはあまり詳しくは分かりませんが、今年はようやくそういう意味では、自分の意思で一緒に過ごせる時でもありました。

さらにもちろん僕も彼もまだ若いといわれる部類に入ると思いますので、年間を通じてそこまで病気をすることはありません。寝込むほどなのは年に1回から2回ぐらいでしょうか。だいたい彼が0回で、僕が1~2回ぐらいです。

僕が金曜日に寝込むことが多いように、彼はなぜか年末、特に大晦日を挟んだ数日間の間に寝込むことが多いように思います。

たしか知り合って比較的すぐのころ、最初の年末の頃に、体調が悪い、咳が止まらないと言いながらも、バスの予約もあるし、、、ということで強引に実家に帰っていきました。そして実家の方で、病院にかかったと言っていました。通常の風邪であれば寝込んでいれば治るでしょうから、病院に行くほどというのは、かなり辛かったのかもしれません。

数年間の中で病気をしながら迎えるのはすでに2回目です。だからこれからは年末年始の予定は慎重にしなければならないと僕は思いました。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。
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[ 2012/01/07 17:47 ] 日常 | TB(0) | CM(0)
2012-01-09 16:10 

今年もよろしくお願いします。


こんにちは。ブログで最初の記事を書いてからずいぶんと時間が過ぎました。とはいってもまだ1年ちょっとぐらいでしょうか。
今まで書いたいくつもの記事は、僕の考えをまとめることに、ずいぶんと役立ってくれました。

新しい何かを始めると、(例えばそれはこうしたブログもそうですし、ツイッターもそうです)毎回僕は自分のコミュニケーション能力の低さに驚きます。

今さらコミュニケーション能力を高めようとは思いませんが、それでも努力をし続けることはとても大切な事ですし、必要なことだと痛感しています。

色々な人との交流を通じて、最近は行動に伴う精神的なタフさが非常に大切だと強く感じるようになりました。

相変わらずの毎日を送っていますが、相変わらずであることがとても幸せでもあります。これからもどうぞよろしくお願いします。
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[ 2012/01/09 16:10 ] ブログ | TB(0) | CM(0)
2012-01-10 09:00 

ゆず茶くんとの会話




・最初はすこしグダります。
・激しい息づかい(ちなみに単なる雑音っぽいです)
・ゆず茶くんからのご報告(1:30~)
・けんかの話(8:50~)
・指摘の話(11:40~)
・末永くの秘訣(14:00~)
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※17時頃 タイトルをつけ忘れていたので、つけました。
[ 2012/01/10 09:00 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)
2012-01-16 14:27 

秘密の恋愛(付き合っていることを隠すとき)


相思相愛で、ラブラブだという表現がぴったりな恋愛でも、それを隠すという、ウソのような話を聞いたことがある。
なぜ付き合っている状態を画することになるのだろうか。

まずは実際に聞いた実例から。
僕の友人で、そこそこの年齢の方がいた。その人は普通に男女の恋愛をして、彼女の方が「付き合っていることを隠したい」という事を言っていたというのである。
例えば、具体的に恋人関係であるということを紹介してもらうようなことは一度も無かったと言っていた。普通であれば、友人関係の人たちに、「今付き合っている人です」そのように紹介することは、少ないかもしれないが当然にあり得ることだろう。それが無かったと言っていた。

あるとき、デート中に彼女の友人に会ったこがあるらしい。そのときに彼女は「友人です」そういって紹介したそうである。
なぜ彼女が付き合っていることを隠したかったのかは分からない。しかしそこには何となくネガティブな想像が容易にできてしまう。

可能性として、付き合っていることが恥ずかしかった、他にいい人を探したかったなどだろうか。もちろん片方が有名人で知られることが面倒なことにつながるのであれば理解はできる。しかしそうではないようであった。

ただし注意しなければならないことが一つだけある。それが彼氏の方が実はのぼせ上がっていたのは自分だけで、本当に付き合っていなかったという可能性。


どちらにせよ、付き合っていることを隠すことについて、正当化できるような理由はどうにも思いつかない。
いくつか想像できる隠す理由については、理解はできる。しかしそれを実現されるには問題があるのではないか。

特に付き合ってないという表明をすることによって、仮の彼氏よりも将来の彼氏を優先するのは、気持ちは分からないでもないが、それであったら隠すことはせずに、いるけども・・・という理由の方が潔い感じがする。それが倫理に反するのなら、付き合うこと根本に疑いを持つ方が正当だと思う。

付き合っていることを知られるのが恥ずかしい場合というのは確かにある。これは付き合っている相手が恥ずかしい分けではない。恋人ができたら、やっぱりそれは色々と言われるだろう。そういう色々言われることを避けるために、つきあい始めの限定された短期に限って、いないということを表明するのはあり得る話。

特に恋愛の平均的な期間が短い場合、つきあい始めの初期の頃はまだどうなるか分からない。だから恋人がいないというのは仕方が無い。正確にいうのであれば「付き合い始めたばかりでまだどうなるか分からない」ということかもしれない。

一定期間の潜伏を経て、ある程度の時期が経過したら、、、それは3ヶ月ぐらいだろうか。そのときには、改めて公開することになるだろう。実は付き合っている人いるんです。そしてもう3ヶ月目になりました、と。

もちろんすべての行動がオープンである必要などは全く無いけど、それでもやっぱり積極的に隠すという行為はなかなか正当化されないのではないかという僕の気持ち。
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[ 2012/01/16 14:27 ] 考え(ゲイ関連) | TB(0) | CM(0)
2012-01-21 04:48 

恋人の存在意義。


恋人の意味を考えたとき、もちろんかけがえが無いことは事実だと思う。しかしかけがえのない、などという抽象的であるいは欺瞞のような表現で済ませるようなことがあってもいいのだろうか。

しかし具体的な表現をしたときに、それはとたんに俗っぽくなってしまい、本当に重要なことのごく一部、もしくはその一部さえも表現できていないのではないかと心配になる。

そして今までの通り、僕にとっての恋人の存在意義というのは、どういうものなのだろうか。僕の考える意義というのは、だいたいにおいて受け入れられることが少ない。

僕の場合、実際的な部分と精神的な部分に分けて考えてもいいと思う。実際的な部分というのは、一人よりも二人の方が楽しいとか、一緒にでかけられる喜びとか、もちろん性的な欲求のこともある。これらについては、友人というある程度代わりになり得る存在があるが、やっぱりそれは完全に置き換えることができない。

精神的なことはもっと大きいように思う。過去にも何度か書いているが、友人はある程度流動的になってしまう。仕事のことや住んでいる場所などの理由で。もちろん交友範囲が変わったり、合う人とか合わない人という存在もあると思うし。
しかし恋人はそういうことが基本的にはない存在。そういう意味では家族にも当てはまるかもしれない。
常に安定的にそばにいる事を期待できるというのは、非常に大きい。そしてそれは、恋愛の期間とともにより深まるように思う。

実際的な部分は、浮気とまではいかなくても、恋人と遊ぶこと以外の選択肢もたまには選びたいと思う一方で、精神的なことは、他の誰かとはならない、なりにくいのではないかと考える。


僕の場合はもう一つある。それは恋人を探すことにかける時間である。
仕事もやりたいし、プライベートな事も大切にしたい。そしてできれば、仕事を優先したい。そう考える僕は、もし恋人がいなかったとすれば、仕事の時間かプライベートの時間をけずって、恋人を探すための活動をしなければならない。もちろん時間をそこに割くだけの意味のある事だとは思う。しかしもし成就するまでに3年かかったとしたら・・・。そのために必要な時間というのは、相当な物になるだろう。

直接的なことや精神的な大きい意義というのは本当に重要だと思う。しかしそれと同じぐらい、そしてより指標として計りやすいからこそ、今いるおかげで、誰かを探すための時間を使わなくていいというのも、忘れてはならないほど大きい。


恋人と切磋琢磨できて、ライバルのような関係も楽しいと聞く。僕はそんな気の置けない人とはたぶんつきあえないだろう。色々な知見を得られることに魅力を感じる場合もあるだろう。しかし僕にはあまりプライベートでの知見は求めない。
そういう部分に意味や魅力を見いだす事も素晴らしいと思う。
好きな部分と意義というのは違うのだろうか。なかなか難しいことでもある。
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[ 2012/01/21 04:48 ] 考え(自分関連) | TB(0) | CM(0)
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