過去の日常

ゲイ・バイとして過去のまとめ。30代の悩み。考え。日記。20代と30代のゲイカップルです。

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2011-05-01 21:58 

カメラと写真の話。(2)



僕はとても不思議に思っています。僕の撮る写真はすべて無機質に見えるのです。動物などはともかくとして、街並みの写真はすべて生活感が無いというか、なんというかすごく悪くいうと死んでるようなイメージでしょうか。別にこれはこれでいいのですが、なぜここまでそのようになってしまうのかとても僕は不思議です。

去年の末にカメラを買い換えました。とても気に入っていますが、サイズが大きくなって取り扱いが手間になったことや、モノに近づいて撮れないことなど、いくつかの小さな不満点があります。

特に僕は今まで対象物に非常に近づいて写真を撮ることが多かったのでこれには残念でした。

そして、画像のこと。
カメラを買い換えたと書きました。このブログの去年の記事はすべて安いデジカメで撮影した画像です。そして今年の1月からはほとんどが買い換えたカメラによる画像です。
そして、なんも違いがありませんよね?僕にはほとんどブログに掲載されている画像からの違いは感じません。

つまりそういう事なんだと思います。カメラはあんまり関係ないと。ただし、僕自身が気に入っていると思ういくつかの画像は、新しいカメラの写真であることが多いような気がしています。
また、ボツにする画像が減っています。これは主に今までのカメラはピンぼけがひどかったのです。

さらに、このブログでは画質が多少落ちていますが、実際には画質は今までのカメラよりは向上していると思っています。

ちなみに撮影場所はたいてい彼と遊びに行ったときの場所で撮っています。撮った写真の中から掲載できそうなものを選んでいるので、時期がリンクしません。ようやく京都の画像になったぐらいです。ちなみに京都は3月の出来事です。。。
次はようやく少し花見の写真を載せたいのですが時期が・・。適当に考えます。
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昨日の記事ですが、あんまりちゃんと書けてないと思っています。そのため、明日にでも追記・修正をしたいと思います。
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[ 2011/05/01 21:58 ] 日常 | TB(0) | CM(3)
2011-05-02 11:52 

旅行に関する考えが変わった日。



※この記事は先日の東北沖地震の前に書いています。一部追記しましたが、整合性は取れていない可能性が高いと思います。

彼と出会ってから僕の意識が大きく変えられたことの一つに、旅行があります。かつて僕は旅行が大嫌いでした。本当に大嫌いで、東京以外のどこにも行きたくないし(たとえ関東近辺であっても)東京の騒がしくてゴミゴミしてて忙しい雰囲気が大好きでした。さらに地方のガランとした、ゆっくりした、自然のある、そういう雰囲気が苦手でした。

と、雰囲気が嫌いと言うこともありましたが、やはり旅行には日程や行程を決める必要もあります。そしてこれも苦手でした。

行きたいところもないし、行くための準備も嫌いだし。だから僕は彼と出会うまでの26年間ぐらいで、ほとんど地方らしい地方に行ったことがありませんでした。せいぜい大阪、鹿児島、北海道、千葉、横浜、茨城などの近場だけでした。もちろん大半は仕事で必要だったからという理由です。

彼と知り合ってから、最初の頃の旅行は抵抗がありました。だって旅行はケンカの原因になったり、四六時中一緒に過ごすことが不安だったり、行きたい場所、乗りたいもの、それらが一致するとは限らなかったからです。楽しみというよりも不安のほうが大きかったように覚えています。

と、ここまで書いておきながら、初めての旅行はどこに行ったのか正直覚えていないんですよね。
ただ初期の頃に行った旅行で、僕が旅行好きになる決定的な事は今でもハッキリと覚えています。そして一番印象に強く残っていて、一番楽しかったのもその旅行。

それは淡路島に行ったときの話です。僕が中学生のころ、忘れもしない阪神大震災がありました。すごく衝撃的なことで、僕と同世代でなおかつ関西圏出身の友人はまず間違い無く、このことを記憶に強くとどめています。不幸にも友人や知り合いが亡くなったり、危機一髪だったという記憶と共に。また当時は関西圏から転校してくる人も何人か見かけました。それほど関東人である僕にも、とても身近なこととして捉えていました。
そして「阪神淡路大震災」と表現されるように淡路島もとても大きな被害が出たと言うことです。

だから僕は人生のとても大きな衝撃を受けた出来事の現場を見たいと思っていました。だけど一人で行くことなんて出来ないし、だれか一緒に行ってくれる人もいませんでした。楽しいかどうかもわからないし。
彼に淡路島に行きたいという話をして、もちろん大阪とか神戸とか明石とか色々まわるような日程を考えてくれました。旅行の勝手がわからない僕はすべて彼にお任せして。

行ってみると、それはそれは楽しい旅行でした。震災というとても大きな災害の悲惨さを目の当たりにしましたし、一方で復興の凄さを見てきました。大阪も明石も神戸もとても印象的で魅力的な街でした。たこフェリーだったかな?面白かったし。

僕には旅行のイメージがすべて変わりました。こんなにも楽しいのか、と。それからは本当に定期的に色々な場所に行くようになりました。僕は飛行機が怖いのですべて国内なんですが。
伊豆も面白かったし、静岡もおもしろかった。佐渡島もよかったし、北海道も。広島、厳島神社もいいですね。まだ主要な都市しかまわっていないんですが、これからもいろいろな場所で色々なことに触れられたらいいなぁと考えています。いずれ海外にもチャレンジ・・・でしょうか。
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http://www.youtube.com/watch?v=kHWLHtUkQaQ

クレイモアがどれぐらい好きなのか動画を撮りました。
[ 2011/05/02 11:52 ] カップル(彼関連) | TB(0) | CM(6)
2011-05-03 09:43 

テレビがありません。



僕はまだそこまで一人暮らしの期間が長くありません。2010年の今はまる3年です。実家にいるころ、ずっとテレビを見ていました。当時ドラマはほとんど見ませんでしたが、バラエティーやニュースなど大好きでした。

家に帰って部屋に入ると、まずはテレビを付けます。特に集中してみるわけではないのですが、かすかに流れている人の声というのが安心でもあったし、それが自然で日常だったように思います。

小さい頃に、一番最初に欲しくなった高価な物は自転車だったし、テレビでした。それぐらい僕の生活にはテレビは欠かせないものでした。もちろんゲームも大好きだったんです!

大学生ごろになって、ちらほらとテレビを持っていないという友人がでてきました。そのころになると僕もテレビを観る頻度は減ってきていました。そもそも勉強や遊びで家にいる時間がそもそも少なくなっていたので、それがテレビを見る時間を減らしていました原因です。それでも部屋に入ると、相変わらずテレビは必須の存在でした。。

社会人になって、テレビを持っていないと言う友人の家に遊びにいったことがありました。部屋が殺風景で、時間を持て余し手持ち無沙汰になった僕は、僕が一人暮らしするときには、最初は我慢できても結局買うことになるなぁと、その時に思っていました。

そんなことなので一人暮らしを始める直前まで、テレビが常時ついている生活をすごしていました。集中してテレビを見るようなことは少なかったが、それでもテレビがついていることに安心していました。


一人暮らしを始めるにあたって、最初は家財道具を揃えるのにお金がかかります。まったく贅沢な生活を望んでいませんが、それでも洗濯機、冷蔵庫、電子レンジなど色々と必要になります。もちろん敷金や礼金なども必要です。

そうなったとき、自分にとっての優先順位は、冷蔵庫(ビールのため!)、ガスレンジ(食事!)、食器、洗濯機、電子レンジ、布団でした。(実際住み始めて1週間ぐらい布団がなくて苦労しました)
一度に大金が出ていくのは負担だがら、少しずつ買い揃えました。実際に上記布団までは2週間ぐらいで揃えたが、それ以降については、ほとんど家財道具は買わずに過ごしてしまいました。

そのため、テレビもなければパソコンもない。インターネットもできないという、非常に殺風景な状態になってしまったのです。そして意外とすんなりテレビの無い生活ができています。

その結果テレビを見ないクセがついた今は実家に帰っても、テレビを観ることは殆ど無い。

今になって思うとすごく不思議です。昨日まではテレビのある生活を送っていました。そして一人暮らしが始まってすぐにテレビがなくなったのです。昨日までどっぷりだったテレビが突然なくなることの戸惑い。それは全くありませんでした。
彼の家ではテレビを見ますが、僕自身が欲しいとは全く思いません。
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[ 2011/05/03 09:43 ] 日常 | TB(0) | CM(7)
2011-05-04 09:20 

会うのは週一?毎日?距離感のこと。



毎日会いたいという人がいる一方で、月に1回と言う人もいます。どちらが正解ということではないので、非常に難しい問題だと思います。

会う回数というのは様々な理由と共に決定されると思います。仕事や学校が忙しいとか、時間を作ってなるべく会うとか。

性的な相性は言うまでもなく重要ですが、この会う頻度というのも非常に重要な事だと思います。僕も彼も会えるときに会う。そうじゃなければ無理はしないというスタンスです。今は僕のほうが相対的に忙しいことが多く、仕事は毎日そこそこ遅いですし、会う時間を作るとすれば僕の方です。
そんな僕は、なるべく会いたいと思うので、週に2-3回ぐらいがちょうどいいいと考えています。
彼のほうは、意外とドライで、会えないときはかなり早いタイミングで今日はダメといってきます。僕はぎりぎりまで頑張って、なんとかして会うようにと考えているのに、彼はこの感じじゃ今日は無理だなーという感じですぐに判断してしまうのです。

しかし今はまだ彼の時間は比較的あいているので、大きな問題にはなっていませんし、またお互いの考える会う頻度というのは、ちょうどいい所に収まっているように思います。

ある程度社会的な習慣があるので、自然にそのように収束していますが、例えばこれが学生同士だったりすると、非常に難しいことだと思っています。
毎日会おうとすれば時間的には可能かもしれません。しかし自身を振り返ってみて、当時の僕であれば、週に1回ぐらいがちょうどいいと考えていたように思います。それ以外の日は、遊びの中から刺激を得たいと考えていました。恋人から得られることも非常に刺激的でしたが、それと同じぐらい、日常の中には刺激がありました。※学生の時には暇とかも含めて刺激的だったように思います。

会うペースの不一致が、お互いの距離を広げてしまうということはあながちありえない話でもありません。

時間の作り方もそう。忙しい中で会う時間を捻出すると、「頑張って会っている」ということになりかねません。「頑張って時間を作る」ということについて、僕自身はその表現が正しいとはどうにも思えません。なのですが、頑張って時間を作っているのは事実の部分もあります。
彼が、これから働くようになって、今までのように空き時間に会うわけではなく、まさに時間を作って会うようになったとき、その時はきっと僕が今までずっと「頑張って時間を作ってきた」事の実感をしてもらえるのでしょうか。

それとも、彼が今まで言っているように最低限の仕事ができる職に就いたとすれば、きっと働いてからも今までと同じペースになるのでしょうか。
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2011-05-06 追記
※本記事、もともとの下書きと、いくつかのブログから参考にしていました。時間の関係で紹介できなかったので、以下に参考サイトとして追記しておきます。
とにかく僕は最低な男だってこと。:笑顔、ときどき涙。
クボタノートさんからも参考にしたように思ったんですが、それらしい記事が見つからなかった代わりに、最近はほとんど会う・会いたいなどの話題だったので、広く薄く参考にしていたのかもしれません。クボタノートは「リンク」からどうぞ。
[ 2011/05/04 09:20 ] 考え(ゲイ関連) | TB(0) | CM(6)
2011-05-05 14:16 

宗教への傾倒。


宗教は信じていますか?僕は無宗教。おそらく大多数の日本人がそうであるように、僕も宗教を何か信じているということはありません。

しかし信仰している人をうらやましいと思うことはあります。信仰がうらやましいと思う理由は、自分の行動理念を比較的確立しやすいのではないかと考えているからです。「○○という教えなので」という理由で何かを行動したり行動しなかったり。僕みたいな無宗教からすると、なかなか理解しがたいことですが、行動の指針がハッキリしているところがうらやましいと思います。場合によっては法律や常識よりも信仰が優先される時もあるかもしれませんし、そこまで強い信仰心というのもきっとあると思います。

僕の友人で、宗教に傾倒している人はいません。恐らく個人的に宗教について積極的に活動的していても、僕は特にそういう事には興味がないので、僕に対してはアピールしてこないのかもしれません。「一度○○事務所に遊びに来てよ」なんていわれて勧誘されるのでしょうか?(僕は全く知らないので想像ですが。。。)

選挙の関連では友人の話を聞くことがありますが、僕に来たことはほとんどありません。そして僕は「自分で考えます」と答えるだけです。。

ただし先日書いたように、精神の充実を目指す場合、宗教じみた雰囲気になることは多くあります。それは友人の話を聞いていてもそう感じることがあります。

しかしそれは仕方のないことだと思っています。精神を統一させ、時には瞑想をし、心を落ち着かせ迷いを取り払い、充実を目指す。精神の鍛錬と言ってもいいかもしれません。このような行為は、昔から宗教と結びついていました。坐禅などはいい例でしょうか。

僕の知っている人で、精神を強く意識している人が2名います。そして2名とも宗教とは無関係ですが、精神を統一し、瞑想することの重要性を話していました。最初は頭の中で色々なことを考えてしまうらしいのですが、それを続けていると、ある時無になる瞬間が来るらしいのです。(無になったあとに色々なことに気づくのかもしれないが、よくわかりません)

正直そういう世界んことは全くわかりません。だいたいそうやって座っている時間があれば仕事したいと今の僕なら考えてしまいます。

しかし今は精神の成長を目標にしています。頑張って少しずつ気づきを増やしていきたいと思います。きっとそれは将来の何かに必ずつながるような気がしてならないのです。
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[ 2011/05/05 14:16 ] 考え(自分関連) | TB(0) | CM(3)
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