過去の日常

ゲイ・バイとして過去のまとめ。30代の悩み。考え。日記。20代と30代のゲイカップルです。

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2011-01-01 15:00 

あけましておめでとうございます。




厳粛な雰囲気などとは程遠い、日常生活の延長で年明けを迎えました。
31日は夕方すぎまで仕事をしていました。(サーバーの移転があったんです)

仕事が終了し、そのまま彼と合流。とはいってもこれもいつものとおりです。
31日はとりあえず年越しソバじゃない?といっていたので彼は天ぷらを作ってくれました。天ぷらは手間がかかりますが、おいしいですね。

しばらくだらだらとして、初詣の準備。近所(といっても電車で4駅ぐらい)にあるお寺?神社まで行ってきました。

境内まであと少し。というところで年明け。年越しのお参りはイベントとしてはいいのですが、年越しがあっけないのが難題です。写真を撮ったりしてはしゃいでいたら、年明け早々終電がなくなりました。ということで、歩いて帰宅。1時間ぐらいあるいたでしょうか。

彼と付き合ってから、数年がたちますが一緒に年越しをしたのは初めてでした。今年は彼が元旦からバイトがあるということで、普段は帰省しているのに、今年は日程をずらしたのです。

今まで、、、彼と知り合うまでは初詣のお願いは決まっていました。いい恋人ができること、健康でいられること。沢山稼げるように、ということ。
しかし最近ではとても幸せな毎日を過ごすことが出来ています。そのため彼と付き合ってからは、この(健康や収入などを含めた)幸せな状態がなるべく長く。できれば一生続くように。それ以上の事は望みません、と。オレにしてはとてもささやかなお願いをしています。
神様は欲張りなオレの遠慮がちなお願いを察してか、なんとかその願いを聞き入れてくれています。
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[ 2011/01/01 15:00 ] 日常 | TB(0) | CM(0)
2011-01-02 10:00 

改めましてこんにちは。




去年の31日をもちまして、 ameblo から正式にこちらに移転しました。移転とはいっても、読者の方への移転の通知をしていないので、心機一転こちらでイチから頑張りたいと思います。なおamebloの記事はすべて同じ状態で移転していますのでご安心ください。(初期の記事について一部画像は差し替えました)


このブログを書こうと思った一番最初の目的。何度か触れていますし、一番最初にも書きました。それは30代になるにつれての20代だったときの考え方を残しておく。ということです。

僕は2010年に30歳になりました。つい先日までは20代で、その時には色々なことがありました。特に10代の後半から20代の前半というのは、一生を左右するような決断がありますし、また多感な時期なので色々なことを体験し、考えることになります。
人それぞれにドラマがあるように、僕も今の考えを形成するに至った色々なことがありました。

それらを切り取って考えを残しておくことによって、これからの30代を有意義に過ごすためのキッカケにしたいと思っています。

これを読んでいる方で、もし10代・20代の人がいたら、僕と同じような体験をすることがあるはずです。考え方や結論はそれぞれでしょうが、少しでも参考にして貰えればと思います。例えば加齢とともにモテにくくなれば僕と同じような考えになるかもしれませんし、ダンディな人は、30代からモテるようになるかもしれません。そうなればまた僕とは違う考えが出てくると思います。

今30代以上の方は、僕の今考えている事が稚拙に思えるかもしれません。将来自身が読み返したときに、今は稚拙であってもきっと先には洗練された考え方に変わっていると思います。時には稚拙な考えを強い表現で書いている時もあるので、軽く読み飛ばしていただければと思います。もちろんご指摘いただくのも大歓迎です。
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[ 2011/01/02 10:00 ] 声/自己紹介 | TB(0) | CM(7)
2011-01-03 15:40 

どんなことを書くのか。




好き勝手に色々と書きたいと思っています。大まかに分けて以下のような分類になると思います。

加齢。
加齢というのは相当重要なキーワードだと考えています。そのため、加齢に関する様々なことを書くつもりです。まだ僕は加齢によって生まれる魅力を捉えることが出来ていないので、衰えとかのネガティブな言葉で表現することが多いと思います。しかしこれは将来僕が加齢を受け入れることができたとき、きっと考え方が今とは変わっていると期待しています。

彼のこと。
とても幸せなことに、彼氏がいます。いちいち細かいことにうるさい僕なんですけど、(一応?)うまくやっています。彼とのエピソードはあまり多くは無いのですが、性格がまったく反対です。オレが抵抗だとすれば彼は受け入れる。性格の違いから来る出来事で象徴的な事があれば記事にしたいと思います。ケンカはほとんどしないので、それについては書くことができません。

性・フェチ
僕は性的な興奮を得られる一つ一つに理由がほしいと思っています。そのため認識しているフェチについて記事にします。ただエロ経験がそこまで多くない僕なので、エロいことは書きません。

ゲイとそれに関連する様々なテーマ
ゲイは行動の源泉に性があります。そのためゲイの話をするときに性のことを避けられません。この話題が一番色々なテーマに派生します。仕事や金銭の話。セックスや肉体、それに伴う年齢の話。出会いやそれに伴う経験談、家族や恋人との距離感、愛情についてなどです。
色々なゲイの方は、それぞれ一言以上の気持ちがあるようで、必ずしも読み手の方が納得できる記事ばかりでは無いと思います。無茶な理論展開もあるかもしれません。

日常
あまり日常のことについては書く予定はありません。が、旅行などに行くことがあればそれは写真と共に簡単な記事にしようと思っています。

その他。
画像について
基本的にはすべて自分で撮った写真です。全然上手ではないのですが、画像+記事にしようと一番最初に考えたのでこのようにしています。記事と画像はほとんど関連づいていません。ちなみにブログを始めようと思っている方、自分で撮った写真を掲載するのはおすすめですよ。発表の場があるとたくさん写真を取るようになります。

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[ 2011/01/03 15:40 ] ブログ | TB(0) | CM(8)
2011-01-04 10:00 

親のこと。




書いておかなければならないでしょう。今の自分があるのは親の影響も大きいのですから。

よくありがちなトラウマだったり自己の確立を親に求めることはオレの場合はいまいち当てはまらない。なぜなら少なくとも一般的な家庭で育ったという思いがあるし、おそらくごく平凡という表現が非常に似合うような家庭だったであろう。今振り返ってみてもそう思う。
もし問題点や、今のオレにも影響を及ぼしている部分というのは、唯一金銭に関する部分だけである。ウチは貧乏だった。(とはいってもゲームも買えたし、借金取りがきたこともありませんが・・)制約が多いとか我慢が必要という意味での貧乏の程度です。

そんなオレだけど、親に対する思いというのは屈折に近いものがある。特に恨んでもいないし、むしろ親は好きだし尊敬もしている。感謝もしているし。だけど今までしゃべったり書いたりした親への思いは屈折していると受け取られても仕方が無いと思うような感情を持っている。。

オレは親がとても好きだ。改めて感謝もしている。しかし親の行動のほとんどすべてを否定している。
オレは社会人としてそこそこの時間を過ごした。それなりに社会的に評価されていると思うし生活の安定度合いもそう。常識というのがどういったものかはわからないが、少なくとも「社会を生きる」ということを基準とするならば、オレは親よりもよっぽどうまくやっていると思う。

オレがそのように社会で生きていけるのは、親が途方もなくダメであることを知ったからである。親を反面教師とし、その逆の行動をとることによって、少なくとも社会においては常識人となることができたし、ストレス無く過ごすこともできた。家族からはオレは異端としてやや距離を置かれている部分があったり、オレを阻害するという部分での家族の団結力には目を見張るモノがあったり。こういうのを体験すると、オレはやっぱり家族とは別の考え、生き方をしているんだなぁと感じるのです。

親はオレに何かをいうことは無いが、妹はオレに意見を言う。やれその考え方の何が間違っているとか、そんなんじゃ誰もついてこないとか。オレにすれば青臭い理想に聞こえるのだが、本人は大まじめ。妹が持っている崇高な考え方とは裏腹に、妹自身が評価されているとは思えない今の状態にもどかしさを感じるんじゃないかなぁと心配になってしまう。

結局のところオレは親を反面教師として見ている。しかし親は常識人の自覚があり、オレにもそれを守らせたいとしている。だから結果を見て理想を判断することしかできない。常識のぶつかり合いは正解が無いから難しい。少なくとも今の状態を結果とするならば、何とか親の示している道よりはいい道を歩けているんじゃないかなぁと、自分勝手にやりながらもほっとしているのでした。

そして繰り返しになるけど、オレは家族も親も大好きです。でも常識という根底を共通することはできないように思っています。
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[ 2011/01/04 10:00 ] 親/家族 | TB(0) | CM(4)
2011-01-05 10:00 

愛の相対度。




好きという感情。これは量ではないので単純に何かと比較するのは非常に難しい。だけどおそらく恋愛を経験しているほとんどの人が、何かの尺度で比較することができるのではないかと疑問に思っているのではないだろうか。オレの方がより相手を愛しているとか、この気持ちは海より深いとか、比喩だけど量という基準で表現する言葉はたくさんある。

オレは単純にそれを数値で表すようなことはできないと考えている。食べ物のおいしいという度合いを数値にできないのと同じことである。だけど相対的な尺度としてはそれを表し、なおかつ簡易な説明ができるのではないか、そのようにも思うのである。

どういうことか。

オレは彼とつきあっている。その期間もそこそこ長い。そしてオレの彼を好き具合と彼が俺の事を好きな具合が微妙に違っている。追う立場・追われる立場があるように、50:50とはいかないのが難しいところである。

あまり具体的に表現しすぎるのもどうかと思うが、オレの彼に対する思いが100。彼のオレに対する思いは0。おそらくそして残念な事に、現在の相対的な比は100:0である。普通の恋愛感の人、そして過去のオレだったらこの恋愛は破綻しているかもしれない。

この比の特徴的なところは、双方の気持ちとはあまり関係無く、度数の少ない方に行動が左右されるということである。たとえばオレが24時間会いたいと思っているとする。そして彼が半分の12時間だったとする。この場合現実的に会うことのできる時間は少ない方に予定を合わせることになるので12時間である。

つまりどちらかの気持ちがさめてしまった恋愛は、非常につらいモノになるのだ。絶対的な数値で表すことはできないが、対比はできるのではないかと考えています。

そして主題が違うので、あまり詳しくは書かないが、この恋愛がなぜ続いているのか。それはおそらく彼が愛という感情から違う感情に変わっているということがある。オレはこの愛が違う感情に変化するというのを受け入れたくない。だからそれを否定するための様々な言葉をいま頭の中でこねくり回しているところである。
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[ 2011/01/05 10:00 ] カップル(彼関連) | TB(0) | CM(2)
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